「万が一に備えてほしい」
「語り部」が伝えたい思い

おしか番屋で、語り部・斎藤富嗣さんの話に耳を傾けるライダーたちの写真

ライダーたちは「おしか番屋」で、語り部・斎藤富嗣さん(左)の話に耳を傾ける

ヤフーが東日本大震災の復興支援として開催する「ツール・ド・東北 2016」は、震災の記憶を未来に残していくことを目的に始まった。4回目を迎えた今年は「牡鹿半島チャレンジグループライド」(100km)を新設し、ライダーと地元の人たちとの交流の機会「語り部ステーション」を設けた。語り部たちに「被災地の今」とその思いを聞いた。

文=吉田広子(オルタナ副編集長) 写真=小堀訓 今野大介

声援を受けながら、坂を下りてくるライダーたちの写真

声援を受けながら、坂を下りてくるライダー

「ついに来た!いよいよだ」。自転車で坂道を下ってくるライダーの姿を見て、歓声が上がる。宮城県牡鹿半島の先端・鮎川浜では、石巻市長をはじめ、ライダーを待つ人々が大きく手を振った。

「ツール・ド・東北が始まって以来、牡鹿に来てくれるのをずっと待ちわびていた。今年ようやく決まって、みんなで迎える準備を進めてきた」。石巻観光協会副会長で、ワカメ養殖業を営む斎藤富嗣さんはうれしそうに話す。

鮎川浜のエイドステーションが設置された「おしか番屋」では、クジラ漁で栄えた浜であることを伝えたい思いから、ツチクジラを炭火で焼いた「クジラ焼き肉弁当」をライダーにふるまった。朝8時から約200食を用意したという。

直前に炭火で焼くことにこだわったクジラ焼き肉には、「牡鹿らしい最高の味ともてなしで、ライダーを応援したい」(仮設店舗「おしかのれん街」会長の石森政成さん)という思いが込められている。

直前に炭火で焼いた「クジラの焼き肉」の写真

直前に炭火で焼いた「クジラの焼き肉」

自転車で牡鹿半島の細部を知る

石巻市の亀山紘市長は、「自転車の良いところは、隅々まで周れること。マラソンは走れる距離が限られ、スタジアムでのスポーツイベントは局所的になってしまう。ツール・ド・東北をきっかけに石巻の魅力を知ってもらい、『サイクル・ツーリズム』で交流人口を増やしたい」と期待する。

舞台となった牡鹿半島は、東日本大震災の震源域・三陸沖から最も近く、津波による大きな被害を受けた地域の一つだ。「市街地から離れているため、人を呼び込むのが難しい」(亀山市長)といった状況もあり、いまだ震災の跡が色濃く残っている。

鮎川浜から約1km先の沖合に浮かぶ金華山は、年間約6万人が訪れる観光地だったが、震災後は激減。少しずつ持ち直してきたものの、2015年は約1万4000人に留まった。

こうした背景のなか、地元の期待に応えて新設された「牡鹿半島チャレンジグループライド」。女川駅前、おしか御番所公園、おしか番屋、旧荻浜支所跡地、宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)を巡る100 kmのコースだ。

グループライドでは、走行管理ライダーがガイドし、10人1グループで走る。激しいアップダウンが続く山岳コースだが、山道を下るたびに視界に広がる海が美しい。

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